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座右の銘

 私の場合、「座右の銘」と呼べる言葉が、一つあります。

 それは、「物事に「絶対」はない」というもの。
 確か、電撃文庫の、「ブギーポップ」シリーズで使われていた言葉の一つ…だったような気がします(大昔なので、忘れてしまいました…VSイマジネーターのときだと思いますが…)。
 (それと対になって使われていたのが、「4月にも雪が降る」だったような…。ちなみに、5月に北海道で雪が降ったときは、「事実は小説より奇なり」だと、つくづく思いました。)

 その言葉に出会ってから、私は、物事を出来る限り、多角的に見ようと思っております。
 一つの見方だけで、正しい、間違っていると決め付けるのではなく、たとえ間違っているように見えたとしても、その中で参考になる部分や、部分的に正しい部分などを見つけた上で、評価したり、意見を述べたりしようと考えるようにしています。

 そのため、私のblogでも、「断定口調」というのは、きわめて少ないと思います。
 (基本的に、事実関係を述べるときくらいにしか使わないように心がけています)
 物事を断定的に述べるというのに、どうしても抵抗があるため、「と思います」とか、「のようです」などのような表現が多用される傾向にあると思います(このように)。

 また、同時に、この言葉には、「多様性への寛容」という意味合いも含まれているように感じられてなりません。
 自分の考えが「絶対」であると思ってしまうと、他者の意見に耳を傾けることが出来なくなってしまうと思います。
 あらかじめ、「絶対」という概念(←「観念」のほうが、しっくり来ます。概念なんて、「終わりのクロニクル」ではないのですから…5月16日修正)を持たないでいれば、自分の考えにも「万に一つの漏れがあるかもしれない」というふうに考えることができ、また、自分の信条に反する人に対しても、その人達が「絶対に間違っている」とは思わずに、少なくとも意見を述べる機会を与えるような考え方になっていくのでは…と思っています。

 ちなみに、法律の世界では、「絶対」というのは、ほとんどないというのが、通説的です。
 だからこそ、「弁護士」という人達がいるのですから。
 その意味で、昔やっていた「ザ・ジャッジ」という番組は、あまり好きになれませんでした。
 (断定主義者の、みのもんたが司会をやっていたということもありましたが…)

 もちろん、この考え方を押し付けるつもりは、毛頭ありません。
 もし押し付けようとしたら、それこそ「多様性の認容を絶対視する」ことになりますから。

 ちなみに、この考え方は、資格試験(特に、法律関係)の際には、役に立つと思います。
 文章中で、「例外なく」とか、「絶対に」とか、「必ず」とかが出てきたときは、まず疑ってよいと思います。
 (もちろん、例外もありますが)
 逆に、「原則として」とかの言葉は、範囲が広がるため、一応あっているのではないかという推定の元に、読んでいった方がいいと思います。
 (これも、それを利用した引っかけなどがありますので、注意は必要ですが)

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