聖夜の執行
昨日の夕刊に、ちょっといやなニュースが載っていました。
「25日午前、4人の死刑執行が実行された」というものです。
実は、私個人は、死刑反対論では無かったりします。
現在の無期懲役が、終身刑を意味しない(仮釈放が適用され、社会復帰することが多い)以上、死刑という「究極の刑罰」は、社会の防衛という意味において、存在意義があると思っています。
ただ、よりによって、この日に行うことも無いのではないか…と思いました。
死刑を執行された4人よりも、それに携わった職員の精神面を考えると、せっかくのクリスマスが台無しになってしまい、かわいそうで仕方がありません。
まあ、日本の場合、クリスマスよりも、クリスマスイブを重視する傾向があるのは事実ですし、特に今年の場合、イブが休日だったこともあり、すでにクリスマスという感じが薄れているのは確かかもしれませんが…。
また、いくら犯罪者、それも死刑囚とはいえ、よりによって祝日に近い、この日に執行されるというのも、いやな気分になると思います。
さすがに、この人たちの中に、キリスト教徒がいるという残酷なことは無いと思いますが…。
何か、法務大臣が、クリスマスイブにいやなことがあって、腹いせにクリスマスに執行したようなイメージを持ってしまいました。
さすがに、それは無いと思いますけれどね。
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コメント
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なんでわざわざこの日なんでしょ?
もっと違う日でいいやんって
思うのはアタシだけとは
思えない~。
投稿: emii | 2006年12月26日 (火) 14:54
emiiさん、こんばんは。
いくらなんでも、25日に行うことは無いと思いますけれどね。
死刑執行が行われない年が出来てしまうのを回避するために、無理やり行った…という説があるくらいです。
それに携わった人の気持ちを考えると、かわいそうで仕方がありません。
投稿: mark | 2006年12月26日 (火) 20:32
うんうん。私もなんでクリスマスに?って思いました。
日本人にとってもともと意味深いものではないけれど、楽しい行事として定着しているし。
執行担当の人にとっては気が重かったのではないかと思います。
投稿: ル・シュクル | 2006年12月26日 (火) 20:52
私も、クリスマス・・・っていうのがひっかかってました~。
どういう意味があるのかしら。。。
↓のケーキも美味しそう♪
私は購入しちゃいました(汗)
markさん。マメですね~。さすがです!
投稿: てん。 | 2006年12月26日 (火) 21:24
こんばんは。
「死刑執行をが行われない年を回避」という話に関係あるのか分かりませんが、
前法務大臣は「宗教上の理由から死刑を執行しない」と公言していたそうで。
日本では信教の自由が保障されていますが、
そんな人が法務大臣に就任してしまうのはおかしいと感じるのは自分だけでしょうか。
そんな法務大臣の後を受けた分
何か色々ごたごたがあったのかも知れません。
でもだからといってこんな年末の
こんなタイミングにずれ込むのはやっぱりおかしいとは思いますけどね。
今日はこれで失礼します。
投稿: torabo | 2006年12月26日 (火) 23:06
こんにちは!確かになぜこの日に・・・って感じです。
もう少し考えてもよかったと思うんですが・・・。
投稿: kussamamatakachan | 2006年12月27日 (水) 09:52
ル・シュクルさん、てんさん、toraboさん、kussamamatakachanさん、こんばんは。
To ル・シュクルさん
まさに、執行に携わった人にとっては、たまらなかったと思います。
もしその人がキリスト教徒だったりしたら…と考えると、暴挙に近いですしね。
年末が近かったとはいえ、官公庁は28日まで行っているのですから、十分この日を避けることは出来たと思いますし…。
To てんさん
やっぱり、「クリスマス」という日に行うというのは、おかしいですよね。
日を決定した法務大臣、配慮に欠けると思います。
ケーキ、こうなってくると本当に肩身が狭かったり…(苦笑)。
母に、伝えておきます(笑)。
私が手伝ったのは、ほんの少しだったので。
To toraboさん
う~ん…いくら信教の自由が保障されているとはいえ、それを盾にして、死刑執行の署名を拒否するというのは、ちょっと問題かもしれません。
公私混同と言われても、仕方が無いかもしれませんね。
もっとも、自分自身の信条として、死刑に反対するという人が大臣になったときに、署名が出来るかと考えると、とても難しい問題だと思います。
その人の「哲学」や、「生き方」と真っ向から矛盾することを強いられるというのは、思想信条の自由という憲法上の保障を考えると、やはり良くないのかな…とも思いますしね。
それにしても、これである意味納得出来る「推測」が出来てしまいますね。
宗教関係に対する、あてつけをこめて、この日にしたのかも…と邪推してしまいます。
To kussamamatakachanさん
少なくとも、本人は「署名する」だけの意思しかなく、執行に携わる人の気持ちを考えていなかったであろうことは、容易に想像できると思います。
せめて、この日を外すというのは、最低限の配慮だと思うのですが…。
投稿: mark | 2006年12月27日 (水) 20:15