新ブログのアドレス

Twitter

  • Twitter

« スペシャルプッチンプリン | トップページ | PC不調! »

私の信じる「神」

 またもや、硬い話題で、申し訳ありません。
 また、これから書く話題は、もっとも「愚か」なことである(宗教、政治、そしてスポーツは、人によって考え方がまったく異なるので、「争う」のでなければ、出来るだけ「避ける」方がいい話題です)のですが…ご了承ください。
 そして、もし興味が無い人、および「人の意見をつぶすことだけに興味がある人」は、スルーしていただけると助かります。
 また、「宗教」に関する言及は、すべて私の知識に基づくものであり、誤解や偏見などが存在すると思いますが、その点もご了承ください。

 私は…実は、コメントをつけてくれている人のひとり、「こねこ」さんと、メールのやり取りをしています。
 その中で、最近話題になっているのが、「神」についてです。
 これは、もっとも難しく、そしてもっとも「面白い」話題かな、と思いました。
 そのため、私の信じる「神」について、書かせていただきます。

 私は、ある意味では「無神論者」であり、またある意味では、「もっとも神に忠実な、信仰心あふれる人間」だと思っています。
 ただ、私の信じる「神」というのは、既存の宗教の「神」とは、かなり隔たりがあるので、基本的には「無神論者」と考えたほうが、しっくりくるのかもしれません。

 それでは、私の信じる「神」というのは、何なのかというと…「世界」です。
 強いてあげるならば…一番近い考え方は、「道教」です。

 神というものは、万物、そしてあらゆるものであり、またもしかしたら、唯一の存在であるかもしれません。
 そして、私が「神」であってほしいものは…「感情」を持たない、「システム」です。
 それは、もっとも残酷で、もっとも慈悲深く、もっとも無関心なもの…つまり、「人に対しては、一切の干渉を行わない」ものであってほしいな…と思います。
 そして、もし「感情を持ち」、「人に対して干渉を行う」のであれば、それは神ではなく、ただ単に「力の大きい存在」でしかない、というのが私の考えです。

 その背景には、「思想信条の自由」、そして「信仰の自由」というものがあります。
 少なくとも日本においては、この二つが認められており、「神」を信じること、「神」を信じないこと、そして「神」を忌み嫌うこと、すべてが認められています。
 そして、そういった「自由」な状況の上で、「神」を信じたい人は、信じるというのが、もっともいい状態だと思います。

 なぜならば、それは「他の宗教」、「他の考え方」、ひいては「他の人」というものに対して、寛容であるからです。
 人というものは、すべて価値観、考え方が異なる生き物であり、その上でお互いに協力していくという選択を選ぶ(あるいは、他に背を向けて、ひとりで生きていくことを選ぶ)ことが出来るのが、もっとも「幸せ」ではないかと考えるからです。

 ですが…少なくとも私の知る限りでは、「宗教」というものは、「他の宗教を信じることを認めない」ものや、「その宗教を信じないことを認めない」ものでしか、無いのです。
 そして、それこそが、人の間に争いを生み、対立を生み、結果として「不幸」になってしまう、最大の要因ではないか…と、考えます。
 そういう意味では、「子供のうちから、キリスト教というものを教科書で強要される」アメリカなどの人たちは、本当に「不幸」としか言いようが無いのでは…と、私は考えます。
 (そして、そういった状況の中で、「宗教」や、「哲学」というものに対して、ほとんどフラットな形であるゲームのルールを作り上げた、GURPSのスティーブン・ジャクソンという人は、心のそこから尊敬します)

 そして…前述したことと重なりますが、私が最も恐れるのが、「神が、感情を持ち、人に干渉する存在である」ことなのです。
 もし、そうであるとしたら…人は、その神によって、「差別されてしまう」のです。
 結果は…「人は、ただその神に従うしかない、無力で惨めな存在」でしか、無いのでは…というのが、私の考えです。

 なので、私は神は、感情を持たない、そして人に対して干渉しない存在であってほしいと思います。
 そして、もし神が感情を持つ存在であったとするならば…お願いですから、人に干渉することなく、また死後に差別することも無い、「公平」な存在であってください。
 それが、私の最大の「望み」です。
 

« スペシャルプッチンプリン | トップページ | PC不調! »

「日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

今日はバレンタインですが、雨の東京です。

「宗教」というものは、「他の宗教を信じることを認めない」ものや、「その宗教を信じないとを認めない」もの・・・

まったくその通りです。

私が最も恐れるのが、「神が、感情を持ち、人に干渉する存在である」・・・

私は神とは宇宙そのもの(宇宙の別名)だと思っています。
だから感情も干渉もないと思います。

 tamirinさん、こんばんは。
 ちょっと厳しいことを書きますが、ご了承ください。

 このコメントは…すごく、腹が立ちました。
 ブログの記事とは全く関係の無い、「義務感」、あるいは「自分のところへの誘導」のために書いたようにしか、私には見えなかったからです。
 プリンのほうのコメントは嬉しかったのですが…正直、こういうコメントならば、むしろ「不要」であり、「やらないでください」。
 せめて、記事の内容に少しでも触れるというのは、「礼儀」だと思いますよ。

 スマッシュさん、こんばんは。

 スマッシュさんには、「真意」を理解してもらえたようで、本当に嬉しいです。
 また、カウンセリングの先生も、ほとんど同じ宗教観を持っていて…こういう、「共感できる人」がいるというのは、本当にありがたいと思います。
 人によって判断が分かれる、こういう「難しい」話で、こういうコメントをつけてもらえるというのは…涙が出そうなくらいです~!

 神とは、宇宙そのものの別名…私も、それに近い感覚です。
 ただ、「万物に神が宿る」こと、そして「そういったものに敬意を払う」という点で、神道も嫌いではなかったりします。
 そういう、「人を豊かにする」宗教(もちろん、神道にも負の側面はありますが…)であれば、むしろ私は、大歓迎ですよ~!
 感情も、干渉もしない、「ニュートラルな存在」であれば、それもまたいいと思いますけれどね。

(*´∀`)ノ゙こんばんゎ~★
私はけっこう神頼みするくせに無宗教で
神様についても深く考えたこと無いなあΣ(´∀`;)

でも~「他の宗教を信じることを認めない」ものや、「その宗教を信じないことを認めない」のは宗教(という思想)じゃなくて宗教団体(に所属する人)のほうかもねΣ(´∀`;)

仏教も根本は大宇宙の真理っていってるから
だれか覚醒した人(悟りを開いた人=神様レベル)がでたらおもしろいのにねえ
なんでも答えてくれそうじゃない?

なんかまとまらないコメントになってるようでごめんね~Σ(´∀`;)

 さとちんさん、おはようございます。
 (今日は、「自分の都合」で、仕事をお休みしました…年次休暇、残りは少ないですが、やむをえないですからね)
 難しい話題へのコメント、本当にありがとうございます。

 神様について、深く考えた事が無い…ある意味、「幸せ」だと思いますよ。
 私の場合は、「頭の回転数が高い」(それは、「頭がいい」とは、一致しないどころか、かえって不利に働く事も多いです)ので、どうしてもいろいろと考えすぎてしまいます。
 なので、こういったこと、それこそ常にといっていいほどに、考えていますよ~!

 宗教という思想じゃなくて、宗教団体…私も、そのとおりだと思います。
 なので、「誰が、どんな宗教を信じるのも自由」だと思いますし、それは憲法上も保障されている「権利」だと思います。
 ですが、私の場合は、そういう「宗教団体」に利益をもたらすのが嫌なので、基本的には無神論者という立場になっています。
 (もっとも、初詣をやったり、仏壇に手を供えたり、クリスマスを祝ったりと、「敬意を示す」ことは、むしろ好きですけれどね)

 そういった、「悟り」を開いた人がいたら…本当に、いろいろと話をしたいです。
 おそらく、とっても濃密で、楽しい時間がすごせると思いますからね。
 ある意味では、誰もが「悟って」いるのだとも、個人的には思いますが。

 まとまらない…というか、こちらこそ、まとまりの無い返信で、申し訳ありません。
 ちなみに、この「神」をモチーフにした世界を、掲示板(新しく新設しました…左上のところにリンクがあります)でも公開していますので、もしよろしければ、訪問してみてください。

こんにちは。
うちの掲示板に書き込みがあったのと、いつものところの書き込みを見て立ち寄らせていただきました。

神の定義についての話題などは当方も大好きです。
神(宗教)を簡単に理解する上で、まず一神教か多神教かと言うのが大きな分かれ目になると思います。
一神教(キリスト教、ユダヤ教、イスラム教など)は基本的に唯一神を設定してそれと並ぶ者はなく以上もない、というスタンスですので他宗教に対しては、程度の差こそあれ、非寛容です。

日本の神道、仏教、道教、その他世界各地の民族がいただく多神教は概ねアニミズム(意味としては精霊信仰が近いかもしれません)が元になっており、他者の神も自分たちの神と同列に扱うことが多いようです。
(道教などは仏教の菩薩やキリストまで取り込んでいたりしますよね)
とはいえ、だからと言って何でもかんでも寛容というわけではなく、同じ神話体系の元で敵同士の神を戴く民族同士で戦争などをする、ということもあります。

これらに興味があり、きちんと理解をしたいのであれば、現代の尺度による優劣や好き嫌いではなく、その宗教の発生の元になった歴史的背景や考え方なども合わせて知るべきだと思います。
大雑把な言い方をすれば、一神教には一神教の成立理由があって、そのことと現在隆盛を誇っていることとはまったく関係ないのですよ。
その辺りは、過去から連綿と続く「宗教団体」の不断の努力の賜物ですね(無論皮肉90%ですが)。
興味なければ知る必要のない知識ですし、知ったところで嫌いが好きになるわけでもないです。
ただ、神を敵に回す作品を書かれるのなら、世間一般における神とはどういうもので、どう創られてきたのか、という知識自体は無駄にはならないと思います。
嘘は、なにが真実かを知っていた方がうまくつけるものですから。

ちなみに。
以前は私もmarkさんと同じような考えで道教に惹かれていました。
(封神演義読んで少し嫌になりましたがw)
今は「神様は要らない」と考えています。
人間出来るところまで自分でやるべきだし、その先(運とかそういうもの)は神様の気まぐれなんだから、気にしても仕方がない。人格を持たない神ならなおさら、意思疎通とか出来ないんだから考えなんて読めないし、意味もない。
まあでも、不断の努力と精一杯のギリギリまでがんばった時に、背中を押してくれる目に見えない存在がいたら、それが神様なんだろうなと思い、必要な時はそういう神様に祈ることにしてます。
(そういう意味では神道の神様は祈りやすい)

長文失礼しました。

 爆走野郎さん(ちょっと長いハンドルネームなので、短めの呼び方で、これがいいというものがあったら、教えてください)、こんばんは。
 こちらでは、はじめまして!
 コメント、本当にありがとうございます。
 ちょっと長いので、返信は「端折る」ところがありますが…ご了承ください。

 神に対する「深い」理解、私もそのとおりだと思います!
 一神教が一番「不寛容」で、多神教は多少緩め。
 こういう、「神様に対する知識」というのは、私もとっても重要で、むしろ「積極的に学んでいる」所です。
 もちろん、その理由は…爆走野郎さんが考えているように、「敵を知り、己を知れば百戦危うからず」という理由ですけれどね。
 そういう意味では、少しでも多くの「知識」を得るというのは、当然のことですよ。
 なので、さすがに爆走野郎さんほどではないですが、私も「宗教」に対する知識は、結構あると思います。
 (そうでなければ、「こんな世界観」は、作れないですからね)

 そして、「神様は要らない」というのは…本当に、「強い」人なのだろうな、と思います。
 私も、ほとんど同感ですが…それでも、「神様を必要としている人がいる」限りは、私は「要る」と思います。
 もちろん、必要としている人が、「不寛容」になるのであれば…やっぱり、無いほうがいいとは思いますけれどね。
 また、爆走野郎さんと全く同じ理由で、私も祈るのであれば、神道(あるいは、仏教)が一番「いい」かな…と、思います。
 日本人なので、なじみがありますからね。

 そして、いきなりでぶしつけなお願いなのですが…もし、よろしければ、私の「お気に入りのサイトなど」のところに、そちらのサイトを追加しても、よろしいでしょうか?
 知れば知るほど、「好き」になってしまって…。
 (地球防衛軍のSS、ヒーロー…まさに、私が考える理想の「英雄」の姿で、他人が書いたとは思えませんでした!)
 もし、「なれなれしい」と感じたのであれば、お詫びいたします。

某掲示板で名乗ったネームの方がわかりやすいと思い、『爆走野郎』真・ゲッターを名乗りましたけど、実際オタク丸出しというか、痛い系統のネームですよねぇ(笑)
今後は自分のHPで名乗っているネーム「マサボン」で書きます。
どうぞよろしく。

「神は要らない」というのは少し言葉足らずでした。
「神に祈る時間があれば、人としてその時間でベストをさらに尽くすべき。安易に神に頼るような人間を(私の信じる)神様は助けたりしない」
という意味でした。
他人の信心にまで立ち入って「必要ない」とは思っていませんのでご安心を。

「信じるものは救われる」
「天は自ら助くる者を助く」
人生色々経験してくると、こうした言葉の持つ意味が重く感じられてきますね。

そして、こうして言葉が増えて、長文になってしまうわけですねw
私の悪い癖です。どうかご容赦を。

リンクの件は承りました。
どうぞ末席にお加え下さい。
お返しにと言っては変ですが、うちの次の更新の際には、うちのリンクにもmarkさんのこのブログをリンクさせていただきますね。

 「マサボン」さん、おはようございます。
 それでは、次回以降の返信は、これで統一させていただきます。

 やっぱり、マサボンさんは、「強い人」だと思います。
 そして、「自分自身の信念」こそが、まさに「神」なのでしょうね。
 人は、誰でも他の人にとっての「神」になれる…そういう意味で、私も非常に共感がもてます。

 ただ、残念ながら、「私」は、そこまでは強くなかったようです…。
 昨日も、さまざまな「激動」があって、「神に祈って」しまいましたから。
 私の最大の弱点が、「灰色の部分を認められない」ということなのですが…もちろん、「人として」努力はしますが、どうしても自分には「理解できない」ことがあり、「とる手段も全く思いつかない」のであれば…「神に祈る時間」というのは、「自分自身を見つめなおすため」にも、いいのではないかと思います。
 失礼なことを書きますが…マサボンさんは、私よりも「強すぎて」、ちょっときついな、と感じるところも、ありますよ~!

 長文のコメントは…よほどのことがない限りは、私は大歓迎です。
 ただ、「はしおった」回答になってしまうこともあるということは、ご了承ください。
 決して、「読まずに返信を返す」ことだけは、しないですよ。

 リンク、早速追加させていただきました。
 他にも、追加したい人がたくさんいて…本当に、「toraboさんの人徳」を、感じます。
 やっぱり、「優れた人の元(下、ではなく)には、優れた人が集まる」という傾向、あるのかもしれませんね。
 そして、リンクしていただけること、この上ない喜びです~!
 これからも、よろしくお願いします。

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/176760/53967682

この記事へのトラックバック一覧です: 私の信じる「神」:

« スペシャルプッチンプリン | トップページ | PC不調! »

アクセスカウンター

2015年4月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30    
無料ブログはココログ

BIGLOBE

  • BIGLOBE